思い出に残る逸材
☆2010/1/5 ![]()

VAN創業者の故・石津謙介先生を今回はご紹介します。平成生まれの方はご存知ないかと思いますが、今日の日本のファッションや『トータルなライフスタイルを愉しむという価値観』を定着させた先駆者、『無印良品もユニクロ』も時代性としてVANの価値観なくして存在しなかったと私は自負しています。
カッシーが石津先生と初めてお会いしたのは、先生の還暦のお祝いを兼ねて福岡市室見川岸の『とり市』という料亭で会食した21歳の春でした。当時ニューウェーブの会社であるVANに入社が内定しており、感動と緊張で初めて食したシロウオ料理の食感など記憶に無い有り様でした。それから8年後VANは倒産したのですが、社員の時より石津先生から親しくご指導頂いたその後の20年が私は特に影響を受けました。『人生二毛作論』や『衣・食・住のライフスタイル』のバランス感覚などetc・・・。
ある日来福された時、酔狂で親不幸通りのカラオケBOXに入り1曲だけ歌われた曲目が『上を向いて歩こう』でした。
この曲にはある想い出があり、先生も涙され一緒に肩を組み合唱したことを覚えています。当時雲の上の存在だった方と心から慕い合える瞬間でした。
そして今、カッシーも石津先生と初めてお会いした同じ還暦の年齢となりました。
先生と同じ『アラ90』は無理としても、これからの人生を夢と理想を感じながら先生から教授頂いた『人生二毛作』をこれから実践していきます。そしてあのカラオケBOXで又、あの曲を合唱します『♪〜上を向〜いて歩こをぉぉぉぉ〜、涙が零れ、ないよぉぉぉぉ〜うに♭〜・・・。』
最後に、人生を愉しむための魔法の方程式を教えて頂いた先生に・・・感謝合掌!
カッシー
思い出に残る逸品
☆2009/2/26

マッキントッシュといえばパソコンのMacintoshが通称ですが、カッシー世代はオーディオかスコットランドの建築家マッキントッシュの椅子を思い出します。今回のマッキントッシュは米国の音響機器メーカーの逸品をご紹介しましょう。
写真のアンプは『McIntoshC26』というステレオプリアンプです。
私はオーディオマニアという程詳しくないのでウンチクは云えませんが、若い時から車のMINIとこのオーディオが欲しくて仕方が無かったのです。車のMINIクーパーは25歳の時に何とか中古オーナーになれましたが、これは50代後半にオークションでやっと手に入れました。友人より譲り受けたTANNOYスピーカーとレコードプレーヤーでLPを再生し、JazzやクラシックそしてJポップ・終いには演歌から山口百恵まで愉しんでみました・・・。
物に対する欲求とは儚いものですね、若い時からあんなに欲しかったオーディオの音も当たり前となり機器に対する想いも薄れつつあったある日曜日の朝、激震が走りました。
福岡西方沖地震でした、私の目の前で写真の『McIntoshC26』ステレオプリアンプは棚の上から床下へと勢いよく落ちて、見るも無残に壊れてしまいました。最後に聞いた曲が演歌の前川清『愛が欲しい』でした。
若い時からあんなに欲しかったオーディオを、私の想いが乱雑になっていたと思います。きっと彼女(McIntoshC26)の言いたかった言葉だったのでしょうか? 『愛が欲しい』と・・・。
カッシー
思い出に残る逸店
☆2008/11/27

今回は昔カッシーがプロデュースした福岡市中央区浄水通りの『イタリアンレストラン ラヴェンナ』をご紹介しましょう。20年前は住宅より店舗プランをメインにしていました・・・。
小生の悪い癖で「資金が少ないけど想いのある方」に弱く、この店のオーナーシェフのI氏も自分の人生に積極的で誠実感で満ち溢れていました。サーラ・カリーナや由布院の山荘無量塔でシェフとして修行、ある日I氏と出逢い、物件探しからはじまりました。マンションの1階で12坪の物件に決定、融資・コンセプト・店名etcと打合せが進みます。プランを暖める間、I氏はイタリアへ約一ヶ月食べ歩きの旅にでました。空港まで見送った時、『お店の名前はイタリアの街を散策して、何か感じたネーミングにしようよ!』と伝言しました・・・。
それから数週間してAir Mailが私の手元に届きました。『お店の名前を決めました!ラヴェンナです。イタリアの小京都とでも言いましょうか、街中モザイクタイルで装飾された可愛くて美しい街並みです、感動しました・・・。』 ラヴェンナとは、イタリアの小さな街の名前だったのです。帰国後沢山の写真を何度も見直す中で、漁港で地元の漁師がぶら下げた写真のアンコウの顔がI氏にソックリだったのです。上記のロゴマークはそれをモチーフにしてデザインしました。そしてドタバタの中オープンしたのです。I氏の食に対する情熱と誠実さでお店はすぐ軌道に乗り20年後の現在、その当時のインテリアをそのままに繁盛しています。
先月キットハウスの二丈彩ヶ丘モデルハウスへ若いご夫妻が私を訪ねてみえました・・・
『浄水通りのラヴェンナによく食事に行きます。ラヴェンナのインテリアイメージが二人共大好きで、このお店は誰がプランしたのかシェフに尋ねると、貴方を紹介されました。』
そして今、若いお二人の住まいをプランしています。
『ラヴェンナをつくった20年前の情熱を思い出しながら・・・。』
カッシー
友人からの封書
☆2008/9/14
親友のF氏から私宛の封書のイラストをご紹介しましよう・・・。
学生時代からの友人でかれこれ40年の付き合いになります。
彼はデザインスク−ルに進学せず独学でグラフィックを学び、現在シゲデザイン事務所を営んでいます。先日資料を請求すると写真のPPMのイラストを封筒の裏面に書き送ってくれました。
永年付き合っていて親しい仲だけど、感動しました・・・。
素敵な友人を持って改めて良い奴だなと呟いていました。
PPMといえば1960年代ピーター・ポール&マリーの略称でアメリカで反戦活動を意識したフォークグループですが、われわれノンポリシーで学生時代を過ごした記憶だと流行のフォークミュージックとして愉しんでいました。
イラストの歌詞の日本語訳が添付してあったので、触りをご紹介しましょう!
『パフは魔法のドラゴン、海のそばに住んでいた。秋の霧が立ち込めるホナリー島で、楽しそうに遊んでいた。
小さなジャッキー・ペーパーはいたずらのパフが大好きで紐やロウや、面白い玩具いつも持って遊びに来た。パフとジャッキーは旅をした。帆を一杯に膨らませた船に乗ってパフの大きな尻尾に座った。ジャッキーは見張り番高貴な王様と王子様は彼らに出会うとお辞儀した。パフが大きな声で名前を告げると、海賊船は旗を降ろした。
ドラゴンの命はは永遠だけれど、少年は子供のままではいられない。手作りの旗や大きな輪っかはやがて他の玩具に置き換えられる。ある暗い夜、そのときは遣って来た、ジャッキーはとうとう来なかった。その日から無敵のドラゴン、パフは大声で吼えることはしなくなりました。かなしみでうなだれるパフ、緑色の鱗は雨のように剥がれ落ち昔遊んでいた桜の道にも、もういくことはしなくなった。大事な友達がいなくては、もう勇気も奮い起こせない。無敵なドラゴン、パフは悲しそうに自分の穴に帰っていった・・・。』
メロディーが軽快なので楽しい詩に聞こえますが一寸寂しくなっちゃいますネ!
友達ってお互いに理解しあい、大事にしなければいけませんね・・・。
カッシー
思い出に残るモノ「逸品」
☆2008/7/29
1965年発行の『メンズクラブ』(婦人画報社)をご紹介します。カッシーが17歳、IVY&TRADとの衝撃的な出遭いでした。一冊の雑誌との関わりが、その後のわたしの人生を大きく左右してきたのです。
日々の生活を愉しみながら生きたい!高度成長の真っ只中、夢と憧れと挫折の中から、ライフスタイルという言葉を「衣・食・住」に置き換えそれらに豊かな価値観を持ち、今、人々が何を希求しているか創造してみること、それが今に合った暮らしかただと理解したのです。
あれから43年・・・この表紙の「クレイジーマドラス」のヂャケットが2008年の現在、街を歩く若者たちのファッションアイテムになっているとは・・・。
時代とは繰り返すもの、『温故知新、ALWAYS』ずっと青い鳥を追い駆けてきたような気がします。幸福はあなたのすぐ傍にあるのでは。大切な家族の楽しかった今日の想い出をバックナンバー『ファミリークラブ』として伝えてほしい。 子供たちが成長し、その想い出をずっと大切にすることでしょう・・・。
(カッシー)


