カッシールーム2006年~2008年

Kassy's eye スウォッチ

☆2008/5/12

ここ20年程、時計はスイスのswatch(スウォッチ)を愛用している。ABS樹脂のボディに直接ムーブメントをはめ込んだシンプルな構造、廉価、特徴あるデザインをコンセプトに、春夏と秋冬コレクションの年2回多数の新作を発表している。

スウォッチは5~6個持っていて、夏用冬用とベルトを換えたり、洋服に合わせて愛用しています。写真のスウォッチは、ステンレス製のクロノグラフ『swatch IRONY』。この時計はお気に入りの逸品。

一昨年の冬、その時使っていたスウォッチのベルトが傷み、スウォッチSHOPを訪ねなければと思っていた時、長女が「私がベルト交換してきてあげるよ!」というので彼女の見立てを信じてお願いした。

古いスウォッチに真新しいベルトが付き、そこそこの見立てに安心した時、スウォッチのロゴ入りのBOXを差し出された。
「はい、誕生日のプレゼント!」。包みを解くとスウォッチのクリスマス限定新作ステンレス製クロノ。私がクロノグラフ時計大好きであると娘は覚えていたようです。彼と一緒に選んでくれたという…

それから1年後、娘は彼と結婚しました。教会のヴァージンロードを娘と腕を組んだ私の左手のスウォッチIRONYは、私の動脈に確かにその瞬間を刻んでいた…。

Kassy's eye グレゴリー

☆2008/5/12

一度気に入ると、とことん擦り切れるまで使う癖が有る様だ。今回の『モノ』もカッシーの愛用品の紹介で恐縮です。

1977年ウエイン・グレゴリーがアメリカで創めたブランド『グレゴリー』。アウトドアーズマン御用達のバックパックが有名でリュックを『背負うから着る』という発想で設計。新色・新デザインなど、最近は奥様のファッションアイテムとなっている。

写真のクイックポケットは二つ目で、最初を入れると約20年近く愛用している。夏場ポロシャツ+チノクロスパンツの場合、財布・キーホルダーetcを持ち歩くのは嵩張る、だけど有名欧米ブランドは嫌だ!と思っているとき、福岡市赤坂けやき通りから入ったマンションの1Fに5坪くらいのオーナー一人でやっている小さなOUTDOOR-SHOPがありました。その当時アウトドアSHOPもようやく定着し、大型店もOPENし、小さなSHOPは商品構成が大変な時期でした・・・。

たまに立寄るその店のウインドウに「閉店セール」の告知。オーナーとも顔馴染みで互いにウンチクを交わした仲なのでビックリして店内に入ると、オーナーのどうしようも無い表情・・・。

ディスプレーされた商品の中に『グレゴリークイックポケットM/オリーブG』初代クイックポケットが目に入り、探していたのはコレだ!と直感でした。
それ以来、肩から斜めに掛け、クイックポケットをファッションアイテムとして利用しています。現在は写真の2代目クイックポケットS、そろそろ3代目のクイックポケットが必要となりました。

中央区赤坂けやき通りの、あのアウトドアSHOPを訪ねてみようと思っています。懐かしい20年後のオーナーに会いたくて・・・。(カッシー)

キットハウススタイルって何だろう?、貴方はどんな住まいが欲しいの?

☆2008/4/3

よく『キットハウスってカントリースタイルの家ですよね!』っていうお問い合わせが有ります。
正確に回答しますと、YesでありNoです、とお答えしなければなりません。
住宅に何を求めるかは、住まい手がどういう生活を望むか衣・食・住のトータルなライフスタイルの価値観はもちろん、大袈裟に云えば人生をどう生きたいかという問い掛けまでこだわりたいものです。

現在福岡市東区にてジョ-ジアン様式(発祥は1715~1780年英国ジョ-ジ1世時代、シンメトリー・煉瓦貼り・寄棟・外装飾り等オランダの寸法基準の建築様式)の住まいを建築中です。 社員の中でも『キットハウスのイメージでは無いよね!』という意見も有りましたが、施主様の満足な表情を拝見した時・・・。これがキットハウススタイル何んだと実感しました。それはライフスタイルの多様化がやっと衣・食から住文化へと流れが来ているのだと考えます。(もちろん基礎や構造体は堅牢であるという大前提での上です。)

一般的にファッションや食文化は常に流行に敏感ですが、『住』となると途端に私の家はどのスタイルが良いのと、在れも此れも様式やスタイルが混在し、終いには『和なの洋なの』私はどんな家に住みたかったんだろうとトンチンカンになってしまう。

昔、それはそれはファッションも風貌もかっこ良く食通、そして多趣味でアウトドアーズマンでト-タルに尊敬していた先輩が家を建てたということで遊びに行くと、普通の家でした。床暖房や収納が多い事を良いだろうとアピールされたが、正直先輩のライフスタイルに憧れていたのに何故こんな家を建てたんですか???という疑問が感想でした。先輩は『住宅はファッションや遊びとは違うんだよ!』という回答でした。

キットハウススタイルとは、『貴方自身の活き方を私たちにお聞かせてください!』 そして一緒に強く考えましょう。 

『もっと生活を!もっと生活を!そしてもっと生活を!』 あなたの愛する家族の生活の場を見つける為に、棲家というカタチに現す為に。

カッシー

スタイルのある人、スタイルのある住まい、そしてスタイルのある暮らし!

☆2008/2/27

キットハウスで建て替え戴いた有賀さんをご紹介します。
昨年の夏二丈のキットハウスモデルハウスへOPEL-アストラクラブ C/#メタリックグリーンでご来場いただきました。  キットハウスのお客様はご自身の価値観をお持ちの方が多い中で、非常に印象的な出逢いでした。 住宅の話より車や趣味の話題で盛り上がった様な気がしています。 建て替えということで、ご自宅へお邪魔したところ正に、『IVYハウス」でした。

数年前の福岡西方沖地震で結果的にはその蔦の絡まったお陰で倒壊を免れたということでした。玄関にはグリーンモールがあり、建て替えよりリフォームでも良いかしらと思いました。 室内にはそれはそれはこだわった小物たちが所狭しと鎮座し、ご趣味でドールハウスを作ったりまさしく『雑誌ラピタ』に取材対象の模様でした。

先日お引渡しさせて戴き、有賀さんご夫妻より150%満足ですというお褒めのお言葉を戴き有り難さで一杯でした。又当社の新人井上君が一生懸命現場でフォローさせて頂いたことにご夫妻より『井上さんは本当に頑張ってくれました』とスタッフを労って戴きました、本当に素敵なご夫妻でお孫さんと一緒に2階のファミリールームの天窓から星を一緒に見るのを楽しみにしていると。写真のハットはMADE IN USA、首紐の留め金はインディアンの子供を彫った手作りですって・・・。

『スタイルのある人、スタイルのある住まい、そしてスタイルのある暮らし!』 有賀様ご夫妻へ 感謝合掌

カッシー

忘れていた『子供のころの棲家遊び』

☆2008/2/13

現在福岡県糸島郡二丈町 にてキットハウスセカンドステージのモデルハウスを建築中です。

現場フレームのため、木材の端材が多く現場で発生します。廃材を置く所定の場所から近所の小学生の子供たちが何と棲家を敷地近くのブッシュで作っていました・・・。(私も子供の頃木の上にロープやリンゴ箱の端材を持ち込みまさしくツリーハウスとまではいかないが、棲家で一国一城の主になったつもりではしゃいでいた思い出があります。)

危険だからとか廃材が散らかるということより、嬉しかったというのが本音でした。
ついつい最近の子供たちはTVゲームに熱中しアウトドアでの遊びが少ない、我々の子供の頃はと・・・云いがちですが。
大人たちも又、外で遊ぼうではありませんか!反省しています。

そういった意味でも自宅で遊べる住まいづくりプランは必要ですね、一寸微笑ましくノスタルジックな情景でした。

カッシー

旧友を訪ねる

☆2008/1/28

先日久し振りに友人でガーデナーでもある中野氏の自邸兼工房を訪ねました。

13年振り位でしょうか・・・。 その当時は建物が建築されて間も無くで、建物のイメージのみが強かったが年月が経つにつれ、敷地と建物とエクステリアとの調和が自然と和み癒されました。

新築住宅を提案していますとその後の住まいの有り方に非常に興味を持ちます。
同じタイプの家でも主人の趣味や家族の生活スタイルでどうにでも変化してくるということでしょうか・・・。

中野氏の自邸を訪ねてみた感想は間取りは程々に、広いワンルームスペースでOKだよね!
後は住まい手が住みながら間取りを決めていけば良いのだと考えます。
日本の場合どうしてもLDK、水廻り、家族の部屋数という考え方が根強くどうしても間取りに取り入れますが、 出来れば昼間も使えるベッドルームという考え方でプランしたいものです。

『もっと生活を!もっと生活を!そしてもっと生活を!』を改めて旧友を訪ねた感想でした・・・。

カッシー

私(カッシー)の仕事、最新ニュース VOL.4

☆2007/11/29

皆様大変ご無沙汰しておりました、1年数ヶ月振りのカッシールームへのコメントです。

実を言うと多忙という言葉に託けて、カッシー単純にサボっておりました・・・。
先日あるお宅へ伺った折、『当社のHPを全て見ました、なぜカッシールームはその後書き込みが無いんですか?』と質問があり、読んで戴いてるんだと感激してしまいました。
ところで何を語ろうかと思うとその後の車の話は後日として、近況を書かして頂きます。

二丈彩ヶ丘にキットハウスのモデルハウスを今年の春から夏にかけ建築しました。
お蔭様で建売としてご購入戴き愉しく生活していただいています。 
セカンドステージとして隣接地にこれから建築致します。 
今回はセカンドステージキットハウス住宅の考え方をご紹介させていただきます。
福岡県二丈町山海に近い福岡市内より車で30から45分の場所
[ブランドの無い土地をブランドの在る宅地に変えたい!]
テーマは『ファミリーで遊べる家』早く家へ帰りたくなる住まい、
《もっと生活を!もっと生活を!そしてもっと生活を!》・・・です。徹底的に生活にこだわった住まいの形、地盤・基礎構造・間取り素材は当然ですが、生活そのものに視点をさだめ家族みんなが自宅で愉しく過ごせるための住まいを計画してみたいと考えています。 キットハウスは、やはり衣・食・住に係わるトータルなライフスタイルのバランス&時代性に合った、豊かな価値観という考え方がテーマですから・・・。

衣について=どうしてもカッシーは団塊世代なのでIVY&TRADベースのファッション感覚になります。 来年還暦を迎えますが、ますます青春時代に流行ったワードローブ・ファブリックアイテムを意識しています。 タータンチェック、ギンガム・千鳥格子・グレンチェックやハリスツィードのガンクラブチェックEtc、又最近紡毛のブラックウォッチ柄のパンツにラムウールのVネックベスト、ビエラのタッターソールやいつものブルーオックスフォードBDシャツにタッターソール柄シルクのアスコットタイを首に巻き、足元はクラークスのデザートブーツという昔の定番をホームウェアーとして装いたい。

=最近の食生活は重たいものは控えめメニューだが、 石釜でピザやパンを焼く事に興味を持ち、ピザはアメリカンタイプ、パンはシンプルなレシピを検討中・・・。

=手作りキッチンをバージョンアップし、イングリッシュスタイルキットハウス版を規格アイテムとしてデビュー、又、ベッドルームの在り方特に1階のBRは昼間使わずの間が多い。今回はリビングから見通せるBRという考え方・ダイニングは古き良きアメリカンレストランのレイアウト・遊べるエントランス(大人の火遊び)・キッズルームを真剣に考える、内装は壁紙の魔術師になりたい!(テーマはカラーリング)、エクステリア(石釜・アウトバス・パティオ・ガゼボ・ゲート・野鳥の水場・芝生・サマーハウス・キッチンガーデン・DIYスペース・カーポート・干し場・シンボルツリーetc さて遊べるアイテムはまだまだ続きます。
今日はこれにて ご期待くださいませ。 次回は早目に書き込みます・・・。

カッシー

私(カッシー)の車物語 パートⅠ序章

☆2006/6/14
☆2006/6/21パートⅡ掲載
☆2006/8/4パートⅢ掲載

私の車物語 パートⅠ序章

車を最初に運転したのは、約40年前の中学3年生(15歳)のころだったと記憶している。

もちろん、無免許運転でした。(40年前の田舎の畦道はだれも通行人がいない為 安全・・・?)

車種は2輪のホンダが初めて生産した軽四輪トラックT360(スカイブルー360cc/同時期にS500も発表)。今思うとエンジンの回転数がTOPでもやたらと高く、(今の車でいうと軽トラックをローギヤで高速道路をアクセルを吹かして走る感じ)質実剛健?乗り心地を寸評する以前のシロモノだったと体感記憶しています。

そしてトヨタパブリカ・カローラ、日産ブルーバード・サニー、日野コンテッサ、スバル360、マツダキャロル、三菱ミニカ、ホンダN360、(発売年は順不同)など大衆車として毎日の生活に車が不可欠になりました。

70年代に入りA地点からB地点に人や荷物が移動運搬手段でよかった車が、車そのものがアイデンティティを持ち始めた様に回想しています。60年代田舎育ちの私は、病院の先生がビートルいわゆるフォルクスワーゲンのスカイブルーに看護婦さんを助手席に乗せ、空冷エンジンのバタバタと音をたて町中を颯爽と走る後景を外車という日本の車との違いを憧れる様に追っていました。

その時分からでしょうか?車そのものにスタイル(カッコよさ)を求める様になったのは・・・。
1969年ミニミニ大作戦という洋画を見た時、何だこの車は!!小さく可愛くすばしっこい車それはモーリスMiNiクーパーでした。その当時モンテカルロラリーでMiniが優勝し、それに着目して映画ができたんだと思います。

一度車にスタイルを求める様になれば、車だったら何でも良いじゃないという訳には行かなくなってしまいました。 『車にスピードを求める人、ステータスを求める人、形を求める人、文化や物語を求める人etc・・・。』 それぞれの価値観にて愛車という呼称で人と生活の中で関係を持ちます。

我々が住宅を考える時、その一因としてどんな車に家族が乗っているか、もしくは近い将来どの車を買いたいか、という事柄に着目します。というのも私の場合は、『車に文化と物語を求めるタイプ』だからでしょうか。映画の名シーンに出て来る車、ファミリー向け映画で全員愉しく歓談する横に駐車する車、たかが映画のワンシーンだけどそういう目でみると、良くこのストーリーにピッタリの車を選択したなと感心させられます。(邦画の場合は車メーカー宣伝のために提供というケースになりますが)

住まいも車選びも同じだと思います。

例えば、住宅街を散策すると古いけど素敵な家を見かける、ウッドフェンスの庭先を覗くと犬小屋に年老いたゴールデンレトリバーが眠り、駐車場にボルボ240GLエステートワゴン、小さな家庭菜園にはハーブや山野草などが潤いを香る。窓にはタータンチェックブラックウォッチ柄のドレープが見え、玄関ドアは何回もペンキを自分たちで塗った様相に古めかしいブラスのドアノブ・・・。

生活者のライフスタイルまでイメージ出来るような気がします。それはあくまでも1例です。 それぞれに家族皆で自分達のスタイルを作り上げることが家族の絆や想い出、そして歴史と文化を創造していくような気がしています。

※私は数年前ドイツを探訪しました、上空よりフランクフルト一円の街を観た時、『森の中に町が有り、緑の中に住まいが有る』まさしく自然と融合した素敵な家並みがそこに有りました。

それを見た時家族の幸せって又は人生の幸福って何だろうと思わずに入られませんでした。 素敵なレストランの食事でもなく、お洒落で高級な衣服を身に着けることでもなく、 それは素敵な家から始まるのだと(高級な家ということではありません) 。

車の話に戻りましょう・・・。
次回はVOL.2 私の車物語 パートⅡ トホホ・・・編

この続きは次回を楽しみにしていてください。

VOL.2 私の車物語 パートⅡ トホホ・・・編

☆2006/6/21

私の車暦をご紹介しますと、最初購入したのが1972年(独身24歳)の時、赤+白色のモーリスMiniでした。もちろん映画のミニミニ大作戦を観たからでした。 

その当時新車を買えるはずがありません、中古10年経過、Miniといっても1300ccの排気量のクーパーではなく正確に言えば、モーリスMini800(どういう訳かホンダN360仕様の中古運転シート装着)雨漏りはするは、ヒーターは故障、ドアのスライド式ウインドウはドアを強く締めればガシャンと外れちゃうというシロモノ、只どういう訳かコスミックのアルミホイールがその時代に付いていました。

ボロボロのボロミニ中古価格15万円で購入した記憶が有ります。(その時の給料が月7~8万円だったので現在で換算すると40~45万円位、高いか安いかは自由にご判断ください) そのミニも2年ほど乗っていました。手放した理由は大きな交差点でギヤ噛みしエンジンがストンと止まってしまう(その当時のミニは頻繁にギヤ噛みのクセがあった)その日の天候のコンディションによりエンジンの調子が違い何と悩まされた事だろうか。

女の子と初めてドライブの約束をして迎いの場所(ビルの前の道路上)へ行く途中、エンジンがストンと止まりその日は動かず当然携帯電話は無い時代、道路で待ち合わせですからふられちゃいました(トホホ・・・その1)

ある日ホンダシビックRS(ロードセーリング)が新発売となりました、マニアックなミニに厭き厭きしていた時でした。試乗してみると何と素晴らしい加速感FF車(前輪駆動車ミニと同様)でミニよりカクンカクンとコーナーをスムーズに走る足回り、スピードも恐ろしいくらいにでます。

車とはこういうものなんだと感動、 購入の依頼をする 但し、この愛ボロ車ミニの下取りが必要(シビックでも特別車なのでその当時は高かった)ディーラーにミニの販売を委託し売れるのを待ちました。ある日売れましたという連絡、幾らで売れたの?? 3万円で売れました!!!愕然とする(ダメダもしかすると売りましたと聞こえたが?)後の祭り。 私も未熟でしたMiniファンの市場で売ればよかったのに一般車のディーラー市場に委託したのですから。 

もちろん新車シビックRSも購入中止となりました。(PS//シビックRSはその後すぐ発売禁止になりました。その理由はあまりスピードが出過ぎた為でした)

( 厭き厭きしていたと言え、愛ボロ車モーリスMiniは居なくなり、馴染んだ恋人から捨てられた感じでした。 もう2度と車を買うものかと誓う カッシー 26歳青春真っ只中でした・・・トホホ その2) 

次回に続くお楽しみに/VOL.3 私の車物語 パートⅢシティボーイ編

VOL.3 私の車物語 パートⅢ シティボーイ編

☆2006/8/4

年月は光陰矢の如し過ぎ去り、時代は80年代に入り、私も30代初め現在の妻と結婚・子供も長女長男二人、私に似ずとても良い子供たちを授かりました。 ※ 1975年(小生27歳)にアラスカに初めて外遊しました。

キャンピングカーにて(アンカレッジ~マッキンリーインターナショナルパークまでアラスカハイウェイを南下しました)初めての外国旅行がアラスカとは驚きですよネ!その当時頃からVANのライフスタイル&商品企画の時代性がこれからはアウトドアライフがテーマになると・・・。それでは我々販売促進に携わる者が体験しなければと思い立ち、だけど何故アラスカに行き先を決めたか今だ謎??

今思うとカナダのバンクーバー周辺でも良かった様な気がします、だってアラスカハイウェイは延々氷河だけで何も無いんだもの! それもJALパックはなく(その当時の金額で40万円の旅費でした。もちろんローン払い)当時飛行機は殆どアンカレッツジ経由の定期便・国内便はDC8でしたが、初めてジャンボジェットに搭乗する事ができ、やたらと機内でハシャイダ記憶がありました。

アラスカまで行きシアーズのアウトドアコーナーやアラスカ蟹やサーモンを食してアウトドアライフを満喫した私は、もうすっかりアウトドアーズマンに洗脳されてしまいました、キャンピンググッズ(コールマン製品)を買い漁りました。車も四輪駆動車でなければならないとそれ以外は目に入りませんでした。クライスラー-ジープ、フォードブレイザー、シボレーエクスプローラーETC等 家庭を持ち今までみたいに好き勝手にモノを買えなくなった私は、本物ではなく車や電車の模型を購入するようになりました。(涙ぐましい努力をすることとなりました・・・トホホ③。)

80年代に入りやっと日本もアウトドアライフブームとなりました。国産車もRV(レクレーショナルヴィークル)など続々登場、週末に家族や友人とキャンプへ出掛けるようになり、どうしても車が必要となりました。だけど普通の車はイヤだ!!

その時今回は国産中古車だがスバルレオーネツーリングワゴン(ブルー紺色4WDモンロー社製ショックにオフロードタイヤ仕様)価格15万円買いでした。 愛ボロ車(モーリスミニ800ccホンダN360中古運転シート&コスミックアルミホイール付)と別れてもう2度と車は買うまいと決心して早6年振りに車を持つ事となりました。

丁度マウンテンバイクも日本に入荷しゲーリーフィッシャーモデルや今は無き国産アラヤやニシキ自転車からも発売。子供用のマウンテンバイクがなく、台湾より輸入し又車のリアに自転車を積めるキャリアを購入しました。我がスバルレオーネにキャンピンググッズとファルトカヌーを上に載せ、私と子供たちのマウンテンバイクをリアに積みアラスカハイウェイでもツーリングするみたいな装備で街中の繁華街を用も無いのにウロウロしていました。

毎晩自室でビーパルのバックナンバーを飽きもせず何度も見回し、次はどのグッズを買おうと2児の父親の自覚を忘れ、頭の中はアウトドア!アウトドア!アウトドア!の思いで一杯・・・。 今思うとこの頃が一番愉しかった様な気がします。 (カッシー30歳代、仕事より遊び熱中症時代でした・・・。)